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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)2776号 判決 1976年8月20日

控訴人 白石源次郎

右訴訟代理人弁護士 小竹耕

被控訴人 秋葉三次郎

被控訴人 有限会社高砂鋳工所

右代表者代表取締役 高瀬弘輝

右両名訴訟代理人弁護士 高橋信良

同 神山祐輔

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の当審における各請求を棄却する。

訴訟費用は控訴審(差戻前控訴審、差戻後控訴審とも)、上告審を通じ控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。控訴人に対し、被控訴人秋葉三次郎は別紙目録(一)(1)(もしくは目録(一)(2)または目録(一)(3))記載の工場及び目録(二)記載の居宅増築部分を収去し、被控訴人有限会社高砂鋳工所は同目録(一)(1)(もしくは目録(一)(2)または目録(一)(3))記載の工場から退去して、各目録(三)記載の土地を明け渡せ。被控訴人秋葉三次郎は控訴人に対し、昭和四一年五月二八日から右土地明渡ずみまで一ヶ月七八一八円の金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人秋葉三次郎代理人は「本件控訴を棄却する。控訴人の各予備的請求を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、次のとおり付加する外は、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する(但し、原判決二枚目裏以下の当事者の主張中の「本件工場」の次に「(目録(一)(1)記載の建物)」を加える)。

(控訴人の主張)

(一)  仮に目録(三)記載の土地(以下本件土地という)上の被控訴人秋葉三次郎所有の工場が目録(一)(1)記載の建物でないとしても、右被控訴人は本件土地上に所在する目録(一)(2)記載の工場を所有するものであるから、控訴人は予備的に右被控訴人に対し、右工場の収去、被控訴人有限会社高砂鋳工所に対し、右(一)(2)の工場からの退去の上各本件土地の明渡を求め、さらに被控訴人秋葉三次郎所有の工場が目録(一)(2)記載の建物でないとしても、同被控訴人は本件土地上に所在する目録(一)(3)記載の工場を所有するものであるから、控訴人は再予備的に、被控訴人秋葉三次郎に対し右(一)(3)の工場の収去、同有限会社高砂鋳工所に対し右工場から退去の上各本件土地の明渡を求める。

(二)  被控訴人秋葉三次郎の先代秋葉次郎右衛門は、昭和一〇年一〇月ころ横田鷲之助から川口市大字横曾根字八反目五六二番一を賃借し、右土地上に木造亜鉛メッキ鋼板平家建居宅兼営業所一棟建坪三四・二五坪(一一三・二二平方メートル)を建築所有し、これは未登記であったところ、昭和一〇年一二月二三日川口市の差押により同日受付第三八九二号をもって右先代のため所有権保存登記がなされた。その後中村長年が右建物を川口市の公売処分により取得し、同一一年三月二四日所有権移転登記を経、さらに被控訴人秋葉三次郎が同一五年五月二三日右中村から右建物を売買によって取得し、その旨の所有権移転登記を経由した。そして右川口市大字横曾根字八反目五六二番一の土地は、昭和一四年七月一日土地の名称変更により、川口市仁志町三丁目五六二番一と変更され、さらに同二二年一〇月八日耕地整理によって、川口市仲町三丁目一六四番となって現在にいたっているが、被控訴人秋葉三次郎は右土地につき地代を支払って来ている。従って被控訴人秋葉三次郎の先代が横田鷲之助から賃借したのは、一六四番地であって本件土地ではない。

本件土地は、耕地整理による変更登記以前は、仲町三丁目五六二番二、同番五、同町一丁目九一八番のどこかの部分であったが、本件土地が同町三丁目一六四番の土地と異なることは明らかである。本件土地は昭和三一年一二月一九日横田鷲之助から横田多喜子へ、同三五年二月二六日同人から株式会社横田鉄工所へ、同四一年五月三〇日同会社から控訴人へ各所有権移転登記が経由されているが、その間本件土地につき、被控訴人秋葉三次郎がこれらの者に対し地代を支払ったことはない。従って被控訴人秋葉三次郎が本件土地について賃借権を有するいわれはない。

(三)  被控訴人秋葉三次郎は、その先代が昭和二六年横田鷲之助との間において、賃貸借契約の目的としたのは、本件土地と同町三丁目一六三番一の位置にあたる旨主張するけれども、昭和二六年当時三丁目一六三番の宅地は五七・〇五坪の一筆となっており、その所有者は横田鷲之助とは全く関係のない遠山正平であって、本件土地は五九・三三坪であるから、被控訴人秋葉三次郎主張の借地はむしろ一六三番の宅地であって、本件土地とは関係がない。

(四)  仮に被控訴人秋葉三次郎の先代が横田鷲之助から本件土地を賃借していたとしても、右先代は本件土地につき昭和三九年一二月三日川口税務署の差押登記のなされる以前に本件土地に登記した建物を所有したことはないから、右先代は本件土地の賃借権をもって、右差押権者及びその公売処分による売却決定を受けた控訴人に対抗できないから、かかる賃借権を相続したとする被控訴人秋葉三次郎も、その賃借権を控訴人に対抗できない。

(被控訴人秋葉三次郎の主張)

(一)  控訴人主張の右(一)の各事実は争う。

(二)  控訴人主張の目録(一)(1)記載の工場は、仲町三丁目一六一番地上にあって本件とは関係がなく、また目録(一)(2)の表示は建物としての特定性がない。

(三)  被控訴人秋葉三次郎の先代が昭和二六年横田鷲之助との間で締結した賃貸借契約の目的である川口市仲町三丁目五六二番の八五坪は、本件土地と一六三番一の位置にあたるものである。控訴人の公売による本件土地取得までは、右所有権の変動は横田家の中でなされ、会社組織となったときも実態は変らず、被控訴人秋葉三次郎は現実に地代受領の権限を有する横田弘次、横田つるに地代を支払い受領されて来たものであって、地代領収書の作成名義人が登記簿上の土地所有名義人と一致しないからといって、本件土地の地代の支払がないとはいえない。

(四)  控訴人主張の川口市仲町三丁目一六三番の土地は、もと横田鷲之助が所有し、被控訴人秋葉三次郎の先代が昭和一〇年以前から賃借したものであるが、同三四年七月ころは遠山正平の所有になっていたところ、その一部(同所一六三番一)を丸山春夫に移転登記した機会に一六三番一の地積を二四・四七坪と更正登記され、右被控訴人は後日一六三番一の土地の所有権を右丸山から取得した。そして右被控訴人の先代の賃借した土地八五坪から右二四・四七坪を減ずると、ほぼ本件土地の坪数となるのであって、右被控訴人主張の賃借権の対象となるのは、全部一六三番の土地である旨の控訴人の主張は理由がない。

(五)  本件土地上の建物は、被控訴人秋葉三次郎の先代が大正一五年五月に建築し、未登記であったところ、昭和一〇年ころ川口市から差押えられ職権で仲町三丁目五六二番地一所在の居宅兼営業所として登記され、右所在地の名称が三丁目一六四番に変更された際、自動的に右所在も変更されたもので、右建物の表示登記と本件土地の表示との多少の相違は、土地所有者に不測の損害を及ぼすものではなく、また右被控訴人は控訴人が本件土地の所有権を公売により取得する以前から、仲町三丁目一六二番地所在の目録(二)記載の居宅を所有し、所有権保存登記を経由しているから、右被控訴人は本件土地の賃借権をもって控訴人に対抗できる。

(証拠関係)≪省略≫

理由

一、控訴人が昭和四一年五月二七日株式会社横田鉄工所から、同会社所有の本件土地を公売処分による売却決定により取得したことは、控訴人と被控訴人有限会社高砂鋳工所との間においては、当事者間に争いがなく、控訴人と被控訴人秋葉三次郎との間においては、≪証拠省略≫により認められ、被控訴人秋葉三次郎が本件土地上に工場及び本件増築部分を所有して本件土地を占有し、同有限会社高砂鋳工所が右工場及び本件土地を占有することは当事者間に争いがない。そして≪証拠省略≫によると、仲町三丁目一六一番地所在、家屋番号一六一番二、木造スレート葺平家建工場三九・六六平方メートルは、別紙図面チ、リを結ぶ直線の西側にあって、本件土地上になく、本件土地上にある工場は、目録(一)(3)記載の建物であることが認められる。そうすると、被控訴人秋葉三次郎が本件土地上に右家屋番号一六一番二又は目録(一)(2)の建物を所有し、同有限会社高砂鋳工所がこれを占有することを前提とする控訴人の第一次及び第二次の各請求は理由がない。

二、≪証拠省略≫によると、被控訴人秋葉三次郎の先代秋葉次郎右衛門は、昭和二六年三月三一日横田鷲之助から、その所有にかかる川口市仲町三丁目五六二番の八五坪を賃借したことが認められる。そこで、右賃貸借契約の目的である右宅地八五坪の現在における表示について検討する。成立に争いのない甲第一号証(川口市仲町三丁目一六二番一の登記簿謄本)の表題部欄によると、川口市仲町三丁目一六二番一は、昭和二二年一〇月八日受付で耕地整理により、川口市仲町三丁目五六二番二、同町三丁目五六二番五及び同市北町一丁目九一八番の三筆の土地が整理統合されて、仲町三丁目一六二番となったこと、その後昭和三〇年及び同三一年の二度の分筆により仲町三丁目一六二番一、一九六・一三平方メートル(五九坪三三)と表示登記されていることが認められる。次に≪証拠省略≫によれば、被控訴人秋葉三次郎が昭和一五年五月二三日中村長平から買受けた木造亜鉛葺平家建住宅兼営業所一棟の所在地の表示は川口市仲町三丁目五六二番地一であったこと、右表示はその後耕地整理の結果、同町三丁目一六四番と表示更正登記手続がなされたことが認められる。

右認定事実によると、川口市仲町三丁目五六二番は枝番に分れ、五六二番一、五六二番二、五六二番五などが存在したこと、五六二番一が現在の表示は一六四番であり、五六二番二、五六二番五は現在一六二番一付近に当ることが推認される。

三、次に≪証拠省略≫によれば、土地賃貸借契約の地代が坪当り二五円で、一ヶ月二一〇〇円とされているところから逆算して、右契約の対象とされる土地の面積は八四坪と推認され、≪証拠省略≫に、前認定の三丁目一六二番一の地積が五九・三三坪である事実、≪証拠省略≫により認められる本件土地の近隣は、昭和二二年の耕地整理の前後において、道路の位置や本件土地の形状に変動はなく、土地と建物の位置関係はかわっていない事実それに前認定の諸事実をあわせると、昭和二六年三月三一日被控訴人秋葉三次郎の先代が横田鷲之助から賃借した土地川口市仲町三丁目五六二番の八五坪は、現在川口市仲町三丁目一六二番一及び同一六三番一に当り同様の表示に変更されていることが認められる。

四、さらに≪証拠省略≫によれば、川口市仲町三丁目一六二番一は、横田鷲之助から横田多喜子へ、そして株式会社横田鉄工所へと所有権移転登記が経由されているが認められるところ、≪証拠省略≫によると、控訴人の前の所有者株式会社横田鉄工所と被控訴人秋葉三次郎との間においては、本件土地の賃貸借につき何ら争いがなかったこと(もっとも右乙第七号証の領収書は横田弘次、同一二号証の領収書は横田つるが各作成名義人となっているが、≪証拠省略≫によれば、横田弘次、横田つるはいずれも横田鷲之助の家族であって、被控訴人秋葉三次郎が横田方に地代を持参した際、所有者を代理してこれを受領したことが認められる。)、そして被控訴人秋葉三次郎は、昭和四四年一二月その先代から右賃借権を相続し、これを取得したことが認められる。

五、控訴人は、被控訴人秋葉三次郎の先代が横田鷲之助から賃借した土地は、右被控訴人所有の仲町三丁目一六四番地所在として登記されている木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居宅兼営業所一棟建坪三四・二五坪(一一三・二二平方メートル)の工場につきなされた登記の経緯に照らし、一六四番の土地であると主張する。≪証拠省略≫によると、被控訴人秋葉三次郎の先代は、大正一五年横田鷲之助から本件土地を賃借し、その上に工場を建てていたところ、公売処分の差押のため、右工場につき職権で川口市大字横曾根字八反目五六二番地一に所在する居宅兼営業所として、右被控訴人先代の名義で所有権保存登記がなされ、その後当審における控訴人主張のごとき経緯を経て、右被控訴人がその所有権を取得したこと、そして右工場が本件土地上に存在すること、右工場の登記簿の表題部の地番表示は、昭和一四年七月一日受付により川口市仁志町三丁目五六二番地一と変更登記がなされ、さらに同二二年一〇月八日受付をもって耕地整理により建物の敷地を、川口市仲町三丁目一六四番に変更登記がなされていることが認められる。右認定事実によれば、右被控訴人先代の申請によらないでなされたことが原因となったのが、相次ぐ土地の名称変更等が輻輳したためにそうなったのか、その理由は明白でないが、右工場の登記には現実の所在地との間にそごを生じ、その地番表示に錯誤があるものと認められるので、右登記の地番表示をもってしては、被控訴人秋葉三次郎が横田鷲之助から賃借した土地が前認定のとおりであることを左右しえない。

さらに控訴人は、被控訴人秋葉三次郎の先代が横田鷲之助から賃借した土地は仲町三丁目一六三番であると主張するが、右主張を認めるに足りる証拠もない。

六、≪証拠省略≫によると、目録(二)記載の居宅は川口市仲町三丁目一六一番と一六二番一の土地にまたがって建てられているが、右居宅については昭和二九年三月二四日受付をもって、所在地の表示を仲町三丁目一六二番地として保存登記がなされ、さらに四一年七月一八日右居宅の所在地の表示は増築部分を含めて、仲町三丁目一六一番地及び一六二番地一と変更登記がなされていることが認められ、また≪証拠省略≫によると、本件土地上に存在する本件工場は、現在登記簿上仲町三丁目一六四番地に所在することになっていることが認められる。

ところで、≪証拠省略≫によると、控訴人が本件土地を取得する原因となった本件土地に対する川口税務署の差押登記は、昭和三九年一二月三日であることが認められるが、≪証拠省略≫によれば、その当時右土地を賃借していた被控訴人秋葉三次郎の先代秋葉次郎右衛門は、本件工場については昭和一五年五月二三日受付をもって、本件居宅については同二九年三月二四日受付をもって、いずれもその子である被控訴人秋葉三次郎名義で所有権移転登記を経由していることが認められる。

そうすると、右秋葉次郎右衛門は、右差押に基づく公売処分により本件土地を取得した控訴人に対し、本件土地の賃借権を対抗しないこととなり、その結果その相続人である右被控訴人も同様に賃借権を控訴人に対抗できない筋合である。

七、しかしながら、≪証拠省略≫によれば、控訴人は株式会社横田鉄工所に対し約三〇〇万円の債権を有していたが、その回収ができなかったこと、川口税務署は昭和三九年一二月二日本件土地を差押え、翌三日受付で差押登記をしたこと、控訴人は同人の右横田鉄工所に対する債権を回収する目的で、同四一年五月二七日右公売処分による売却決定により本件土地を取得したこと、控訴人は右取得当時本件土地上に本件工場及び居宅が存在することを知っていたこと、控訴人は本件土地の公売記録を調査したところ、右土地上には工場及び居宅が存在するが、土地賃借権の有無は不明との記載があったことを知ったこと、従って控訴人は土地所有者である株式会社横田鉄工所に赴き、土地賃借権の有無を問い合わせれば、たちどころに土地賃借権の存在は判明したこと、ところが控訴人はこれをしなかったのであり、また本件工場および居宅について三次郎名義の登記があるから、控訴人は少くとも右土地賃借権を知らなかったことにつき重大なる過失があること、本件土地の公売価格は八〇万五〇〇〇円であるが、公売処分当時の本件土地(更地)の価格は約三〇〇万円であったこと、控訴人は本件土地取得後被控訴人秋葉三次郎方を訪れ、同人に対し本件土地を二五〇万円で買わないかと申し入れたこと、右被控訴人は右申入れを拒絶したが、その際控訴人は被控訴人に対し本件工場については登記がない旨答えたこと、被控訴人秋葉三次郎は本件居宅に居住し、また同有限会社高砂鋳工所は本件工場において営業していることが認められる。

右認定事実によると、控訴人は被控訴人秋葉三次郎の先代秋葉次郎右衛門が本件土地に賃借権を有することを知った上で本件土地を取得したものとはいえないとしても、少くとも控訴人が秋葉次郎右衛門の賃借権を知らなかったについては、控訴人に重大なる過失があったものというべく、しかも時価より著しく低廉な価格で取得した土地につき、秋葉次郎右衛門(同人死亡後は被控訴人秋葉三次郎)の有する賃借権が偶々対抗力を缺如することを知って、これを利用し、新たな利益を得ようとしているのであり、一方本件工場及び居宅増築部分を退去ないし収去して本件土地を明け渡すとなると、被控訴人有限会社高砂鋳工所はその営業の基盤を失い、同秋葉三次郎は工場及び住居の一部を失うことになって、双方の利益の均衡を破壊する結果となることが明らかである。そうすると、控訴人の被控訴人らに対する建物収去(退去)、土地明渡の請求は権利の濫用として許されないものというの外ない。この点に関する被控訴人らの主張は理由がある。

八、よって控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴人の当審における各請求を棄却し、控訴費用の負担につき、民事訴訟法第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺一雄 裁判官 田畑常彦 丹野益男)

<以下省略>

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